ごあいさつ

解散に当たって

9月28日に、衆議院が解散されました。
その後、我が国の政治状況は、狂騒といってもよい混乱の中にあります。


隣国が核ミサイルの開発を進め、我々の頭上をミサイルが飛び越えるという、極めて厳しい安全保障環境の下で、この国を守り抜けるのはぶれずに進む自民党しかないと、私は信じています。


東日本大震災の後に、私は福島にボランティアに行きました。
あの時の経験は、私の政治活動の原点です。


そこで出会った立派なボランティアの人たち。黙々と汗を流す、自衛隊や警察などの現場の方々。


それに引きかえ、当時の民主党政権の国政運営は混乱を極めていました。


「現場が黙々と汗を流しているのに、政治は何をやってるんだ!」
これが、私が出馬を決意した理由の一つです。
あの混乱した時代に戻しては絶対にいけません。


今の新党をめぐるマスコミの報道は、当時の自民党に対抗しようとした政治勢力を巡る報道と瓜二つです。


具体的な政策を何一つ発表していない、誰を総理に据えるのかもはっきりしない、そんな政党にこの国を任せられるのでしょうか。


私はこの5年間、地元の方々とご縁をむすび、政治活動を進めてまいりました。
地域の中小企業の活性化、農業生産効率化のための基盤整備の推進、佐渡汽船のジェットフォイルの運賃引き下げなど、与党ならではの実現力で、地元の思いをカタチにしてきたという自負があります。


今回の審判は私にとって大変厳しい状況にあります。


新潟2区の皆様方のご理解を得て、引き続き、地元の皆様の思いを実現できる国会議員として活動していく、自民党の一員として、何としてでもこの国を守り抜く決意でおります。


皆様方のご支援を、よろしくお願いいたします。


平成29年10月吉日
新潟2区 自由民主党 細田健一

 

日本の政治は、このままでいいのでしょうか?

未曾有の被害をもたらした東日本大震災…
震災後、私はご縁があって、南相馬市のある私立病院への支援活動に取り組んできました。
被災地では、本当に、素晴らしい方々と巡り会うことができました。

  • 原発の計画的避難区域に指定され、他の病院が閉院しているにもかかわらず、地域医療を守るために踏みとどまっているお医者さんや看護師さん。
  • 自分自身が地震の被災者であるにもかかわらず、毎日支援物資の整理に汗を流しておられた、農家の主婦の方。
  • 高放射線量のために、全村に避難指示が出された飯館村から、津波の後片付けの作業に参加される男性。
  • そして、全国各地から集まってきた、ボランティアの方々。

中越地震の時も、中越沖地震の時も、復興のために黙々と汗を流した方がいらっしゃいました。
日々、被災地の復興のために黙々と汗を流しておられる方々、
一方で、自分の延命のために、復興のための予算を弄んでいるような政権の現状
私は、こう自問せざるを得ませんでした…

日本の政治は、このままでいいのだろうか。
被災地の復興のために黙々と汗を流しておられる、この人たちにふさわしい、
まともな政治が、なぜ実行されないのだろうか、と。


子どもたちに誇れる日本を、みんなで創ろう

東日本大震災の際に、諸外国から絶賛された、危機に瀕しての日本人の冷静さ、秩序維持の感覚、お互いに助け合う精神。

日本には、日本人には、素晴らしいところがたくさんあります。
これらは、是非、私たちが子どもや孫に、伝えていかなければなりません。

一方で、日本の政治は、これまで、大きな問題にきちんと向き合おうとはせず、様々な課題を先送りし続けてきたのではないでしょうか。
増え続ける、国の借金
明るさの見えない経済
人口が減少しつつあるにもかかわらず、変われない政府の仕組み
そして、領土問題や経済競争などの近隣諸国からの挑戦

これらの課題について、これ以上、問題を先送りして、我々の子どもや孫に、つけ回しを続けていて、本当に大丈夫なのでしょうか。

震災時に諸外国から絶賛された、日本人であれば、これらの課題に雄々しく取り組んでいくことも、また十分可能なのではないでしょうか。

今こそ、我々の世代が、問題を先送りするのをやめ、子供たちに誇れる日本の未来を、創っていくべきではないでしょうか。

明るく、強く、安心できる、日本の未来を、皆さんとともに、一緒に創っていこうではありませんか。

人間は、一人だけでは、何もできません。
私も一人では、何もできない、本当にちっぽけな存在です。
しかし、みんなで力を合わせれば、この地域を、新潟を、日本を良くしていけると信じています。

皆さんと一緒に、問題を先送りしない、子供たちに誇れる日本の未来を、創っていきたいと考えています。

皆様方のご指導、ご鞭撻を、是非宜しくお願いいたします。

細田健一