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ほそだ健一写真
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活動アーカイブ

8日:安倍総裁再選

2015.09.08

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8日は、朝7時半過ぎに開催された安倍総裁候補を激励する会に出席、最前列で総理のお話を聞くことができました。「経済再生 地方再生は道半ばであり、これを引き続き推進するために頑張る」という総裁の決意表明は、とても力強いものでした。現在安全保障法制の議論が山場を迎えていますが、今国会終了後は引き続き経済再生を政権の最優先課題にして各般の施策に取り組んでいただきたいと思いますし、また、そうなるよう国会や自民党の政策形成プロセスで私なりに発信していきたいと思います。

私は引き続き安倍総理の下で、

〇地域中小企業・地場産業の活性化

〇原子力発電所の再稼働を含むエネルギー政策の再構築

〇若い人が自信をもって農業 特にコメづくりに取り組んでいけるような環境づくり

〇世界遺産登録や離島航路の負担軽減などによる有人国境離島地域の活性化

〇地域が必要としている生活インフラの整備

に取り組んでいきます。

皆様方の引き続きのご指導ご鞭撻をよろしくお願いいたします。

 

8月25日 各省概算要求作成の大詰め 倫理法人会 

2015.08.25

25日は朝から東京日程 予算概算要求の締め切りが迫っているため 各省庁からの説明や自民党の会議が続きます。
地元の要望を政策形成に反映させるまたとない機会です。経済産業政策の予算編成会議で地場産業の事業承継円滑化や電源立地の活性化について発言しました。

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夜は地元に戻って倫理法人会の会合に出席 本当に楽しい会でした。皆様ありがとうございました‼︎

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70周年談話の発表

2015.08.14

本日8月14日の いわゆる戦後70周年談話の発表を行った安倍総理の記者会見を、テレビの生中継で拝見していました。

私は駆け出しの2年生議員にしかすぎませんが、安倍総理が日々国民のため、我が国のために大変な激務をこなしながら奮闘されているのを身近に拝見しています。いつもながら、穏やかな口調で談話を発表される総理の姿に、テレビの前で目頭が熱くなっていました。

談話は、バランスのとれた、考え抜かれた、素晴らしいものだと思います。下に全文を張り付けておきました。

特に、村山談話等を継承しながらも、若い世代に「謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」としたこと、「七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります」としたこと、「我が国は、いかなる国の恣意にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界の更なる繁栄を牽引してまいります」としたことなど、総理が仰ったように、多くの方々に共有できる談話になったのではないかと思います。日本が、国際社会にどう向き合っていくのか、という基本的な考えを語った、素晴らしい文書になっているのではないでしょうか。

是非、中国や韓国などの近隣諸国の方々にも読んでいただきたいと思います。

明日は終戦の日、毎年お邪魔している佐渡の成人式に今年も出席します。談話の思いを小生も共有しながら、若い人に語り掛けたいと思っています。

<以下 官邸HPに掲載された 内閣総理大臣談話の全文>

終戦七十年を迎えるにあたり、先の大戦への道のり、戦後の歩み、二十世紀という時代を、私たちは、心静かに振り返り、その歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ばなければならないと考えます。

百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。

世界を巻き込んだ第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。この戦争は、一千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。

当初は、日本も足並みを揃えました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。

満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。

そして七十年前。日本は、敗戦しました。

戦後七十年にあたり、国内外に斃れたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げます。

先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。

戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。

何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。

これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが、戦後日本の原点であります。

二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。

事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。

先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。

我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。

こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。

ただ、私たちがいかなる努力を尽くそうとも、家族を失った方々の悲しみ、戦禍によって塗炭の苦しみを味わった人々の辛い記憶は、これからも、決して癒えることはないでしょう。

ですから、私たちは、心に留めなければなりません。

戦後、六百万人を超える引揚者が、アジア太平洋の各地から無事帰還でき、日本再建の原動力となった事実を。中国に置き去りにされた三千人近い日本人の子どもたちが、無事成長し、再び祖国の土を踏むことができた事実を。米国や英国、オランダ、豪州などの元捕虜の皆さんが、長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために慰霊を続けてくれている事実を。

戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。

そのことに、私たちは、思いを致さなければなりません。

寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。戦後七十年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださった、すべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。

日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。

私たちの親、そのまた親の世代が、戦後の焼け野原、貧しさのどん底の中で、命をつなぐことができた。そして、現在の私たちの世代、さらに次の世代へと、未来をつないでいくことができる。それは、先人たちのたゆまぬ努力と共に、敵として熾烈に戦った、米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から、恩讐を越えて、善意と支援の手が差しのべられたおかげであります。

そのことを、私たちは、未来へと語り継いでいかなければならない。歴史の教訓を深く胸に刻み、より良い未来を切り拓いていく、アジア、そして世界の平和と繁栄に力を尽くす。その大きな責任があります。

私たちは、自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである。この原則を、これからも堅く守り、世界の国々にも働きかけてまいります。唯一の戦争被爆国として、核兵器の不拡散と究極の廃絶を目指し、国際社会でその責任を果たしてまいります。

私たちは、二十世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい。二十一世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。

私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる国の恣意にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界の更なる繁栄を牽引してまいります。繁栄こそ、平和の礎です。暴力の温床ともなる貧困に立ち向かい、世界のあらゆる人々に、医療と教育、自立の機会を提供するため、一層、力を尽くしてまいります。

私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。

終戦八十年、九十年、さらには百年に向けて、そのような日本を、国民の皆様と共に創り上げていく。その決意であります。

平成二十七年八月十四日
内閣総理大臣  安倍 晋三

有人国境離島の保全・振興のために

2015.08.12

国境離島は我が国の領海領土の保全に重要な役割を果たしていますが、有人の国境離島は過疎化が進行しており、それらを尖閣のように無人化させない取り組みが必要です。

このような問題意識の下、自民党内の「領土特命委員会」(委員長 額賀福志郎先生)及び「離島振興特別委員会」(会長 谷川弥一先生)が共同で、「有人国境離島保全振興法案」を策定しました。今国会での議員立法による成立を目指しており、7月31日に、自民党内の両委員会及び関係部会の会議を開催して法案についてご了解をいただきました。私は、与党の実務者チームの一員として この法案の策定作業 各種根回しに走り回ってきました。やっと党内手続きの一つのヤマを越えた ということで感慨もひとしおでした。

<麻生財務大臣に 関係予算の手当てについて要請>

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<稲田政調会長に法案の早期成立について要請>

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本件に関連して 11日午後 甲斐 佐渡市長と 根岸 佐渡市議会議長が議員会館を来訪されました。当方からは与野党の根回し状況を含む、現在の法案策定作業の進捗状況につきご説明いたしました。甲斐市長と様々な情勢分析。野党も大きな反対はないようでほっとしています。これからも佐渡を含む国境離島の保全振興に微力ながら力を尽くしていきます。

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党派を超えて

2015.07.18

安全保障法制が衆議院を通過したこの週末の土曜日午前 燕祭りのオープニングで交通安全を訴えるパレードに党派を超えて参加しました。下の写真をご覧になって分かるとおり、与党の国会議員である私も、野党の国会議員の方も ともに参加して「交通安全」を訴え行進しています。

「交通安全」だけでなく、「国家の安全」も、本来はこのように与野党問わず党派を超えて合意を作り共に訴えていくべきものではないでしょうか。安全保障政策は、国家の存立の基盤に関わるものだけに、政権交代によって大きな変化が生じるような状態は望ましくありません。本来は、できるだけ幅広く合意を形成することによって決定されていくべきものです。その意味で、現在の国会の状況は残念でなりません。

もちろん私は与党の国会議員であり、民主党をはじめ今回欠席して反対された野党の方々に言いたいことは山のようにありますが、ここでは敢えて記しません。

ただ、本来であれば、安全保障政策の変更を行う場合には、以下のような合意が党派を超えて必要なのではないかと思います。

1>   建設的な議論を行い、できるだけ幅広い合意形成を目指す ことを与野党共に宣言する。

2>   同様に、安全保障政策の議論を政局にすることとはしない ことを与野党共に宣言する

3>   立法論の前に、現在のわが国を取り巻くリスクとその評価についての共通認識の形成を目指す

4>   その上で、とるべき手段について議論する

今回の状況を踏まえ 今後国会の議論をどのように進化させていくか、それが我々若手の国会議員に課せられた課題だと思います。

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